初めてE君が鮎を引っ掛けた
川漁が好きで30代頃は8月半ば過ぎになると、三重県櫛田川の上流飯高町に鮎取りや鰻取りに行くのが楽しみでした、親しい板前の故郷で兄が櫛田川漁業組合員であり鮎取りの権利を持っている。私は鑑札を借りて鮎の引っ掛け漁をするが村の人達とも顔馴染みになり板前の両親も優しく我が子のように迎えてくれました。休日には朝早く私の片腕であるE君と出かける事が多かった。
彼も鮎取りが好きで辛抱強く鮎を追いかけるが引っ掛け漁は経験と技術が必要だ、引っ掛け漁は竹竿に引っ掛け針を仕込み水中眼鏡を付け川に入り鮎を取るのだが素人には無理な技である。愛知県では小川で網を張り引っ掛け漁をするが鮎は逃げ場が無く岩陰に潜むそれならば素人でも取れるだろう。櫛田川は川幅が広く流れが速い網を張っていないから鮎の動きは俊敏である。
和歌山県熊野川町谷口村で河童と噂された熟練の私には、鮎の動きが鈍く見え簡単に取れるが経験の無いE君は一尾も取れない、やっと大きな鮎を引っ掛けた彼の喜びを見て私は思わず微笑んだ。初漁を祝い河原でバーべキューをして酒を飲んだ、E君は上機嫌で酒を飲みながら鼻歌など歌っている。しかし飲みすぎるなよ帰りの運転があるぞ。。それからのE君は引っ掛け漁の虜になり少し上達しました。。
E君はステーキ部門のチーフである、フランス料理モンターニュー時代からの部下であり、仕事も出来るが彼も私同様不器用な男だ、彼も社長の顔色などは気にせず私の命令だけを聞く出世など無縁の子分である。E君は 部下達を連れて鮎取りに行く際もバーベキュの準備、食材の調達等すべて黙々と準備する貴重な片腕でした。
大鰻に興奮したターザン、恐怖に怯えた部下達
部下のH君とK君を連れて飯高町に夜取りに出かけた今回はE君抜きである、彼は子煩悩だ、家族サービスも有り毎回誘うのも悪いような気がした。鰻を取ろうと冷たい夜の川に入り、寒そうにしている部下達に追いて来いと命令した、K君は風邪らしい、私は風邪など川に潜れば治ると叱咤激励し二人は震えながら川に入った。私が深い淵に潜ると岩間にビール瓶のように見える長い物体があり少し動いた、不思議に思い銛で突くと巨大鰻だ。ウナギハサミで挟んだが力が物凄い、恐怖感を感じながら網に入れ部下達に逃がすなよと渡したが私は異様に興奮していた。
再び川に入り数匹の鮎を取り部下達の傍に行くと青白い顔をして大鰻を見ている、私が寒いのかと問うと大丈夫ですとH君が答えた、K君に風邪は治ったかと聞くとチーフの叱咤で治りましたと答えた。私が潜って漁をしている間二人は大鰻が逃げないように見張っていたが、突然大鰻が逃げ出して必死で追いかけ捕まえたそうである。興奮した私の眼が野獣の如く血走り、逃がしたら俺達は殺されるぞと思い必死だったらしい。
すぐに河原に戻り少し早いがバーベキューにした、酒を飲みながら部下達に謝った悪かったなー。。俺も初めての大物に興奮してターザン(野蛮人)に戻ったと微笑み部下達に笑顔が戻りました。店に帰って鰻部門の板前に焼かせたが固くて不味かったらしい、H君は大鰻の写真を撮った太さはビールの大びんより少し細いが体長1メートル以上あった。
深夜不気味な女を見た、主信仰
大鰻は飯高町大淵の主かも知れない、飯高町に来る途中の山道で髪の長い女を見た23時頃であり人家は無い、暗闇の中を歩いていたがはっきりと顔は見えなかった、私達は不気味に思いながら通リ過ぎたがあれは大鰻の化身だったのだろうか。?
古来より奥熊野地方には主と呼ばれる生物の信仰がある、故郷谷口村の地主様は大蛇ではないかと私は思うが定かでは無い。ボシャノ木と名の不気味な大木に覆われた岩の祠には酒と米が供えていた、村人達は地主様を信仰し正月過ぎに祭りがあった。
若い頃に大蛇と遭遇した体験がある山女魚取りの帰り道だった草木に覆われた細い道に茶色の太い木がある。往時には無かった不審に思い踏むと突然動き鎌首を上げて私を睨んだ体長は5メートル以上ある大蛇だ、物凄い眼力に睨まれると命知らずのターザン(野蛮人)も足が震え蛇に睨まれた蛙になった。山刀を抜き戦いに備えたが敵意は無いようだ、回りの草木を押しつぶす様に祠裏の密林に消え私は茫然と見送った。
普通蛇は草木の下に逃げるが大蛇は草木の上を泳ぐようにゆっくり山を登った、暫く大蛇の夢を見た何処に逃げても追ってくる恐怖の夢でした、本当に野生の大蛇は怖かったですよ。甲賀忍者の子孫と自負する祖父は杉や檜の大木に登り小枝を切るのが仕事で木から木に飛び移り山猿のように身軽だったらしい。祖父は山で大蛇に襲われたら山に登れ、下って逃げたら駄目だぞ大蛇は下りが速いと教えてくれた。
祖父いわく主は大切に敬えよ主に逆らうと祟りがあるぞと酒に酔うと語っていました。主伝説信仰は全国各地に存在する古来より人々は大自然を敬い巨大生物を敬い民話にした、大自然の怒りを恐れたのだろう。それは熊野の大自然を眺めると理解できると思います。文明の進化は人間に快適な生活を与えたが大自然の破壊は止まらない、現在の異常現象は人類には止められない大自然の怒りだろう。。神様が存在するのならば大自然の怒りを治めて欲しいとお願いします。