料理人になったターザン、ブラックチーフの元部下達。

30数年前に私の故郷に3人の部下達を連れ鮎取りに行きました、私の故郷は和歌山県熊野川町谷口村で道沿いを流れる赤木川には天然鮎が多い、私の趣味は鮎の引っ掛け漁であるが赤木川では禁止されている。鮎釣りの季節であり釣り人の来ない谷川で鮎を取ろうと思ったが前夜雨が降ったようで増水している。

紀州山間の豪雨は一夜にして谷川や赤木川を濁流に変貌させる、谷川は山間部を流れ川幅が狭い為山奥で大雨が降ると鉄砲水になる恐れがあり注意が必要である。赤木川は川幅が広く鉄砲水の恐れは少ないが濁流になると200メートル以上の川幅になり轟音を立てて流れ物凄い。以前愛犬の土佐犬(虎子)が濁流に流されたが奇跡的に大淵の渦に巻き込まれ、私が大渦に飛び込み救助した恐怖の体験がある。

その日は鮎取りを諦めて赤木川でバーベキューをしたが、川は激流で轟音をたてて流れ入ると危険な状態である。都会育ちの部下達に川に入らぬように指示をしたがHが川に入り流されたとTが叫んだ。

Tは必死にHが流された方向を指さしチーフ助けてくださいと泣き顔で私に頼んだ、大自然で育ったターザン(野蛮人))の私ならともかく増水した赤木川に流されたら都会育ちのHは助からない。大変な事態になった、私とTは必死で川原を走りHを探した、運よく大淵で柳の枝を必死に掴んでいるHを発見した。

私は淵からかなり下の浅瀬に腰まで入りHに泳いで来るように指示をした、時間が経てば力尽きて枝を離し深瀬に流されたら必ず溺れ死ぬ。Hの命は風前の灯である、躊躇するHに俺を信じて死ぬ気で泳いで来いと怒鳴った。激流で渦巻く大淵を必死に泳いで来たHを私も必死で抱き止めた、チーフに助けて頂くのは二度目ですねとHは泣いた。

お前は運が良いぜ!俺も危ういところだった、とにかく助かって良かったなと背中を叩いた。ヤンチャ者、粗野な独裁者でブラックチーフの私だったが、汗と涙で理想の店を目指し努力してくれた部下にせめてもの恩返しができて嬉しかった。

ヤンチャ者のTも嬉しくて泣いていた、入社して日が浅くHやTより年長の部下は、何とカメラを取りに走り必死のHを撮影したそうで呆れて言葉が出ない。誰でも危険な激流に入りたくは無いだろう、しかし撮影する余裕があれば救助に協力しろよ、社長の信頼も厚く如才無き男であるが本性を見てから信頼感が消えた。

不器用な男であるがセカンドチーフのE君ならば、共に激流に入り部下を救助しただろう、私と同じく社長の顔色など気にしないが奴は好い男である。

E君は調理学校を卒業し(モンターニュー)IHI名古屋造船睦クラブにコック見習いで入社した、当時私はIHIの知多新造船所の接待クラブを恩師の末弟と任されていた。睦クラブには恩師と恩師の弟J先輩が居る、E君はJ先輩に仕込まれていた、恩師の弟J先輩は有名な恩師の父に仕込まれた厳しい料理人でした。

やがてE君が知多に来て私の部下になった、二年経つのに魚も満足に捌けない、コンソメスープも練習した経験が無いそうだ、J先輩は自ら仕事を教えない先輩で見て覚えろであるがE君は努力が足りない。私はE君に料理の基礎を厳しく教えた、このままではこの世界で飯を食えないぞと叱咤した。

E君は私が苦手だったらしい、私の親友だった恩師の末弟A先輩もE君を仕込む気は無く厳しく叱らない、その方がE君は楽しそうだったが。。。

知多市の和食店(じろきん)の店主に、知多市でステーキハウスを開業するが、コックを紹介して欲しいと相談された。ホテルのコックが辞めると聞いていたので、解りましたと安請け合いをしたが、名古屋市のコックは田舎は嫌だと断った。

開店の日は迫るが誰も見つからない、私は安請け合いの責任を負ってステーキハウスを開業する決意を決めた、恩師に相談し退職するまでの半年間は辛かった。退職の日にE君に厳しく仕込んで悪かったねと言いました。。俺の代わりに頑張れよと別れを告げた。

ステーキハウスが開店し暫く経てE君と偶然に出会った、結婚したE君が近日モンターニユーを辞めますと言った、私は次の勤務先は決まったのか?と問うたがまだですと彼は答えた。

ステーキハウスは軌道に乗り破竹の勢いで伸びている、俺の店に来ないかと言うとE君はお願いしますと答えた。物事には順序がある、私は恩師に誤解されないように経緯を話したが、残念ながら恩師との縁も切れ痛恨の別れになった。

やがてE君は頼もしい片腕に成長しました、彼曰く私がモンターニユーを去った後に、仕事を任されたが私に教わった知識や仕事の有難さを感じましたと語った。私は聞かぬ振りをして酒でも飲むかと誘った、恩師との別れは辛いが本物の子分ができた、その夜はお祝いの旨い酒で酔いました。

私がモンターニユー時代のヤンチャ伝説を若い部下達に語るE君を笑いながら止めた、鬼チーフと恐れられているのに内緒だぜ部下達が逃げるぞ。。笑。

E君が話した伝説は逃げた猛犬だった、深夜ガラの悪い街をA先輩と歩いていると、獰猛そうな土佐犬を連れた男と喧嘩になったが男も土佐犬も無言で私に襲いかかる。咬み殺される瞬間、私は狂暴な修羅に変貌した、男を殴り倒し足に噛みついた土佐犬を蹴り飛ばした、私は土佐犬を殺そうと短刀を抜き無言で近寄った。

突然土佐犬が倒れた主人を引きずりながら必死で逃げた、それを見てA先輩と私が面白くて笑った話である。E君はA先輩や恩師から聞いたのだろう。しかし平和な地方で育った部下達はE君の話を信じなかったと思う。。

数年後ヤンチャな部下達が喧嘩をして暴力団に狙われた、私は必死の覚悟で部下達を庇い修羅に変貌した、部下達はその夜初めて私の正体を知りました。。

哀れな部下達は地獄の日々を体験しただろう、しかし休憩時間や定休日も彼らは私と一緒が多かった、私の趣味は鮎取りで夏の定休日には私の片腕であるE君と三重県に行った。

河原でバーベキューをやり二人楽しく酒を飲んだ、他の部下達が付いて来ると食事の準備も多く必要、ステーキ部門のチーフであるE君は、機嫌よくバーベキューや飲み物の用意をしてくれた。

部下達は運悪く大切な青春期に粗野なブラックチーフに遭遇した、仕事中で部下を叱ると私の小遣いが無くなる。笑。仕事後飲みに連れて行くと部下達が済みませんでしたと謝った、俺は忘れた何の話だ今夜は酔えと酒を勧めた。

独立後グランシェフを東海市加木屋町に開店した、黒毛和牛、伊勢海老、鮑、オマール海老等の厳選素材と自家製の味をお値打ちに提供が私達夫婦の夢でした。素晴らしい学生アルバイト達に恵まれて現在があると感謝しています、地域では初めての高級店であり本格的なコース料理の提供は手探りの日々で大変な苦労でした。

コース料理で大切なのは料理の出し引きのタイミングであり、お客様の目も厳しく彼女達は大変だったと思う。彼女達であれば就職しても重宝されただろう、彼女達は結婚して母親になり食事に来店したり里帰りの際には家族連れで訪問してくれます。

食事の予約や里帰りの連絡があると妻は嬉しそうに心待ちしソワソワしている、もちろんターザン(野蛮人)も。。笑 

現在は頼もしい相棒であり一番の理解者である妻と仕事しています、真剣勝負の日々は大変でありますが素晴らしいお客様達に恵まれ料理人冥利と感謝しています。

昭和育ちの粗野なターザン(野蛮人)は妻に感謝しながら素直に有難うが言えませんが。。笑。。

 

 

 

 

 

 

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