シェフになったターザン、シェフは元熊野古道山奥の樵だった!

大木を伐ろう

当店は加木屋町倉池に開店して28年目!店前の木がいつの間にか大木になり!風が強いと2階横面のガラスに当たり!強風の日や台風シーズンは常に不安だった。二階のガラスは高温反射ガラスであり高額だ!以前太い枝を伐採中に1枚割った!不動産屋に相談したが!工事費の見積もりがあまりにも高額で驚いた。知人の紹介で東海市太田アルミ販売の社長に相談した!社長は誠実で誠意ある人柄!不動産屋の約半額で修繕可能で感激しました。大木の落ち葉は多く近隣に迷惑をかけている!3本の大木は3階建ての屋根を越す高さである!伐採業社に相談したが!建物の傍で伐採工事は大変らしい。

2階全面はすべて高温反射ガラスの為!高所作業車、人件費、伐採費、廃棄費等の費用で高額になるそうだ!コロナ流行で緊急事態宣言の時期に高額な出費は苦しい。緊急事態宣言により経営は大変!経費の掛かる店舗は厳しいが!今は辛抱あるのみ。暫く暇と覚悟し店回りの手入れをする事にした!すべて自己でやろう!まず大木の伐採だ!前回の失敗もあり今度は慎重に行動するべきである。もしガラスを割れば大変な出費になる!それならば伐採業者に依頼した方が安全で楽だろう!しかし私は伐採に挑戦したい命知らずの馬鹿である。

建築家はイルミネーション用に植木をした!植木の選別を間違えたのだろう!店の玄関や横側に大木になる種類を植えた。巨大な根は建物の塀も破壊している!この事実は明らかに建築家のミスであろう!多忙にかまけ大木になるまで!放置した私も反省すべきである。建築家は28年間も当店が継続するとは!考えて無かったかも!仲間達からも忠告された!この地域では1年と持たないだろう。

父は熊野山の守護神だった

成長した大木は長年の苦労した証である!愛着感があり伐採するは忍びないが!建物を守る為であり!伐採を決意しました。熊野山の守護神だった父に諭された記憶がふと蘇る!大木には精霊が宿っている!礼儀をつくし伐採すれば祟りはないぞ。私は山の神の存在を信じ!父の教えを信じています!民話や伝説は大自然の怒りを恐れ!敬った先祖達の貴重な教訓だと思う。

山の動物達は温和である!滅多に人間を襲わないが注意は必要だ!彼らの領土に侵入するな!山猿を虐めると報復されるぞ。突然の落石で死ぬ輩は山猿を虐めたかも知れない!仲良くすれば山猿達は可愛いが!敵に回すと猪や熊より怖いだろう。紀州和歌山県熊野地方の山人達は!大自然を敬い大切にする!父は都会からの侵入者には厳しかった!私も常識の無い都会の輩達が逆らうと殴り倒した。

私は中学卒業後!故郷熊野の大自然に憧れ!20歳近くまで樵の経験がある!自分で伐ろうと決意した!枝切鋸で窓から小枝を切り落とした。万一の為ロープを木と体に縛り登る!高所から順番に太い枝を切るが腕力勝負! 大木は3本で3階の屋根より高い。大木から落ちれば大怪我をするだろう!欅の根本は直計40センチ樫は25センチ位~水木は50センチ位!小さな鋸ではなかなか切り倒せない!根気を要する持久力勝負になった。

祖父は甲賀忍者の子孫かも

母の祖父は吉野杉の手入れ名人だったそうです!ロープで高木に登り小枝を切り落とす!15メートル以上の!高木から高木に飛び移る。手入れされた吉野杉は真直ぐに伸び!素晴らしい大木になる!祖父の雄姿を見た記憶は無いが!まるで忍者のようだなと想像した。私は優しい祖父が大好きでした!祖父は酒好きで私が熊野川町に帰郷すると!遠方の本宮町から日本酒を用意して駆けつけてくれた。

祖父は車の免許を持たない!本宮町三越村から熊野萩のバス停まで1時間以上歩く!熊野川町日足までバスで約40分要する。日足からバスで私の実家谷口村まで約15分!それから10分程歩く!しかしバスは日に2便だけで歩くと1時間以上は要する。舗装道路になった現在ならば!車で1時間弱で到着するが!当時は合計約3時間近く要し大変だったと思う。

俺の祖先は楠木正成の家臣だったが祖父の自慢だ!滝尻信蔵人(しんくらんど)だぞ!本当は甲賀忍者の子孫では問うと!そうだと喜んでいました。酔うと私達は一升瓶を手に持ち!肩を組んで(おこさ節)を歌った!祖父と孫の合唱を聞き!母は嬉しそうに微笑んでいた。お前来るかと一升買って待っていたよ!優しかった祖父の雄姿を偲びながらの作業は楽しい!私はロープで大木に登り太い枝を切り落とした。

山の神

祖父曰く大自然は神様の領土である!神様を怒らせたら怖いぞ!山には山の神様が宿る!礼儀を尽くして木々を伐採しろ!自然を破壊すると祟りがあるぞ。奥熊野の村人達は山の神様を崇拝していた!自然を破壊せず大切に守ってきた!しかし科学の発達は人間らしさを奪った。文明の発達と多大なる利益の追求により!世界の大自然は破壊された!温暖化による異常気象は天災では無く人災だと思う。

山奥育ちであり飲食業を営む私は!海産物の減少や異変等が不安であり!地球が自然淘汰を開始したかもと感じる。祖父の教えに大木には精霊が宿る!山の動物達の領域を荒らすな!山菜は大切に扱え根は抜くな!欲は出すなよ。松茸の生える場は長男だけに伝えろ!私は次男であり松茸の生える場は知らない! 兄は知っているのかなあー。笑 

様々な伝説や主信仰も大自然を敬う信仰心であろう!如何に文明が進化しても!人の心は変わらないのだろう。今一度古来からの貴重な教訓を守り!大自然の破壊を止めないと!悲惨な結果が待っているかも知れない。苦労なく甘やかされた若者達も!近い将来厳しい現実に直面する事だろう。いずれ来るだろう異常気象による食糧難!思わぬ災害もありえるだろう!すでに大自然による淘汰は始まっている!逞しくなれよ負けるなよと願う。

 

命懸けの伐採作業だった

やがて昔山仕事で培った樵の筋肉が覚醒した!何とか玄関の大木を2本伐り倒した!葉や小枝は短く切りゴミ袋に詰めた。それは気が遠くなる程に大量だ!木の幹は切り分けたが1本50キロ以上だ!手作業で3日間一人で頑張った!太い木の幹を伐るのは時間が掛かった。電動鋸があれば簡単ではあるが無い!しかし覚醒した樵の筋肉は!電動鋸の如くに大木を伐った。久し振りの肉体労働は楽しい!手首、上腕、肩、背筋、足腰に疲れは無く筋肉痛も出ない!紀州熊野山奥のターザンは完全に覚醒した。

店横の大木の幹は直径50センチ近くで太い!高さも15メートル以上!3階の屋上より高い!枝から順に切り落とす!2/3位までは切り落とした。後は幹から伐れば良いと考えたが!窓際で逃げ場も無く!倒れる方向により自己の身も危険!建物を破壊する恐れもある。それは当然と思うが!私も高齢者になり臆病になった!若い頃は粗末にして!年齢を重ねると大切に思うが命である。

樵時代巨木の伐採は常に真剣勝負!日々死の危険と隣合わせであった!巨木が伐り倒される際の轟音は凄まじかった。油断すれば死ぬ危険もある!鬼のような山男達の怒声が山に響いた!命懸けの伐採場であった。山の鬼達は荒っぽいが!寡黙で優しかった!真の優しさとは!真剣勝負の世界で!生き延びる術を指導する事だろう。平穏な現在社会でパワハラだ!ブラック職場だとほざく輩達は恵まれている!根性論全盛期にそんな流行語などは存在しなかった。

元樵の私にとってこの程度の大木ならば!簡単に伐れるが此処は山中では無い!建物やガラス窓を破壊する恐れを考慮し思案した。太い枝木はすべて私が切り落とした!残る木の幹だけであるが!残った10メートル程の幹は太くて重そうだ。もしも大木が倒れる際に撥ねられると!大怪我もしくは死亡の恐れもある!それは樵の経験から予想が出来た。

素朴な友が出来た

小枝や葉は大きなゴミ袋に詰めたが膨大な量である!木の幹等は近隣にある業者を紹介され尋ねた!70歳を過ぎた使用人は素朴な人柄だ。話を聞いているうちに好感を覚えた!明日の夕方なら俺が軽トラで取りに行くよ!でも重いと無理かもと笑った!俺も少し力はあるから手伝いますと笑った。

翌日の夕方に木を取りに来た!私が切り揃えた大木と鋸を見て!その小さな鋸では大変だっただろうと笑った。私が切ろうと思案している大木を眺めて彼が止めた!この大木には精霊が宿っている!思わね事故があるかも知れないよ。これは業者に任せたが無難だよ!もしも大怪我をしたら取返しがつかないよ!彼は真剣な顔で私を説得した。私は指図されるが嫌な性分だが!君が大怪我をすると!お客様が悲しむよ!の殺し文句に泣かされた。笑  彼は親切な伐採業者を紹介してくれた!残った大木の伐採や廃棄、すべて値打ちにして頂き感謝であります。

高齢者で小柄な彼は黙々と作業する!短く切った50キロ近くある生木を軽々と軽トラに投げ入れた!私も同じように生木を投げ入れた。彼は中学を出てから現在まで肉体労働者だ!力仕事は馴れていると笑った!君は馴れない作業で大変だろう!しかしシェフなのに凄い体力だねと驚いた。私も20歳近くまで!紀州熊野山奥の樵だったと微笑んだ!素朴な友達が出来たようで嬉しく思いました。緊急事態宣言の最中!心温まる日でありました!コロナ流行は厳しいが!贅沢になった私達に!忘れていた我慢を教えてくれたかも知れませんね。

過酷な山仕事の体験

私の樵時代は鉞と大鋸で大木を伐った!当時チエンソウと名の自動鋸は重かった!危険であり技術の無い私には扱えなかった。杉や檜の伐採は父の仕事であり!父は倒したい方向に倒す達人でした!私は倒された巨木の枝木を伐り払い!一定の長さに切る役目でした。熟練の樵は高額な大木を傷つけず伐り倒す!私が伐採すると木を割り価値が下がる!倒れる場所も判らないから危険である。切り揃えた大木は1本何百キロもある!山奥に道路は無く車も無い!野猿(ロープウエイ)の場まで人力で運んだ。現在の山仕事は楽だろう!道路が開け伐採場まで車で行ける!伐採道具も高性能になった!重い大木もクレーンが運んでくれる。

伐採の仕事が無くなると(地あらけ)の仕事である!雑木を伐り倒し杉や檜 を植える植林の場を開墾する。大木の雑木を伐り倒しては人力で柵のように寄せる!山肌に幾層にも雑木の柵を造り植林の場を設ける。これも体力勝負の大変な作業だった!一山で請負って賃金が支払われる!期限も決められた請負仕事で必死だった。

(地あらけ)の無い山場では草木を刈る山刈りもやった!山刈り鎌と名の大きな鎌で刈る!(地あらけ)より楽ではあるが根気の必要な仕事だった。現場は斜面が多く足場が悪い!夏頃に山刈りの仕事が多く厳しい暑さで大変でした!不気味な気配を感じ足下を見ると毒蛇だった!下腹が痛痒いので調べるとダニが喰いついていた。

山仕事の恩恵

しかし大自然での肉体労働は楽しかった!塩辛い干物と梅干だけの弁当!木の枝を削った箸で食べる大盛弁当は堪らなく美味かった。木陰での昼寝も気分が良い!父母との会話、野鳥の声、木々の香り、友達のような山猿達、私は一生を故郷で過ごす決意をしていました。毎朝30キロの肥料を背負い!仕事場まで険しい山道を長時間登った!父は60キロの肥料を背負い軽々と登る!私は歯を喰いしばりその巨大な背中を追った。仕事が終わると父は優しかった!毎夜父と酌み交わすコップ酒は旨かった!父は酒豪であり私も15歳から共に酒を飲んだ。

仕事の帰りには薪にする生木を担ぎ!山道を下るがそれが意外に足腰を鍛えた!父との過酷な山仕事は!強靭な身体と辛抱力を与えてくれた。時代は移り国は政策により!安価な外国の木材を輸入し!高価な国産木材の需要が減った!地元の木材業者は観光業に転向した。やがて山仕事は減少し父に諭された!お前は若いから手に職を覚えろ!19歳の終わり頃!私は名古屋に出て料理人になりました。旅立ちの朝に寡黙な父が呟いた!お前ならどんな事にも耐えられるだろう!母は涙を浮かべ私を見送ってくれました。

今も元気で過酷な飲食業や筋トレを継続出来るは!山仕事と父のスパルタにより!培った強靭な身体のお陰と感謝しています。余談ではあるが!皮肉にも国の政策で村人達が苦労して植林した!檜や杉が成長し人々に花粉症をもたらした。成長した熊野山奥の大木は需要が減少し!手入れもされずに!枯れていくのが現実である!山を愛する私にとっては悲しい現実であります。

植林や土地開発により雑木が伐採された!山の動物達の食糧が無くなり!彼らはやむなく人里や都会に出没するようになった。人間は残忍である!殺人兵器を持ち殺し合う!金や欲望の為に罪を犯す!稀に気の毒な事件もあるが純真な動物達を殺戮しないでと願う。矛盾ではあるが!私は動物達の犠牲で商いをしている!せめて彼らに感謝し大切に調理し!価値観を高めてやりたい。

覚醒した樵の筋肉

近隣の住民達にも私の正体が知れた!都会育ちの妻は只驚くだけである!妻はまだターザン(野蛮人)の正体を知らない!素手で巨大猪との死闘!樵時代も知らぬ!妻が知る私は不器用な料理人だけでありますからね。笑。。久し振りの肉体労働は楽しかった!粗野なターザンには料理人より!肉体労働者が合うかも知れない。あれから暫く経つが筋肉痛も疲れも出ない!鉄板焼きコーナーでの調理は疲れます!しかし真剣勝負の日々は堪らなく楽しいですよ。

駐車場や店の前がすっきりしましたよ!お客様の車が野鳥の糞で汚れない!驚くほど高額なガラスが割れたり!大木が倒れる心配も無くなった!熊野古道のターザン(野蛮人は)満足であります。。。今年の秋は枯れ葉が落ちない為!駐車場の掃除が楽で妻も喜ぶだろうな。。笑 しかし無事終了で良かった!現在の私は料理人であります!これからは二度と無茶な真似は致しません。残った大木の根元には!感謝を込めて毎日お詣りをします!これからも私達夫婦と店を見守ってくださいね。

私は紀州熊野山奥の樵だった体験を!何時までも忘れずに大切にしたい! 料理人になったターザン談 

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