料理人になったターザン、 母さんの命日に想う、山猿が料理人になりました。

3月30日は母の命日です、遺影に大好きだったお菓子を供えました、気のせいか遺影が微笑んだように思いました。享年64歳若すぎる死はあまりにも悲しかった、現在の私は母より年上になった、天国で逢えば老けたねー洋次(私)と笑うでしょうね。。母さんは何時までも若いねーと私も笑うでしょうね。。

30歳代に頼まれて勤労文化会館内に本格的なレストランを開業した!文化会館開設立当初は有名な歌手のショーが多かった、美空ひばり、島倉千代子も来館しました。母は島倉千代子が大好きだ、招待してあげたかったが乗り物酔いが酷い!遠い故郷からは名古屋には来れず残念でした。

ヤンチャ者で無鉄砲だった私は心配ばかりかけた、独立しやっと親孝行ができると思った矢先に母は他界しました。せめて法事の料理は見て欲しいと願い!7回忌までは私がフランス料理やステーキ等用意しました。

19歳でコック見習いになり!1年後に帰郷し母にフランス料理を作った、母は美味しいよ!よく頑張ったねーと涙を浮かべていました。

父や兄弟達はフランス料理に醤油をかける!何でも醤油で食べるのだ!山奥の村でもある!仕方が無いだろうと我慢しました。料理人になり様々な先駆者達に出逢いました、(井の中の蛙大海を知らず)都会と田舎ではすべてにおいてレベル違う!まるで別世界だと思った。

母方の祖母の実家は裕福な家柄だったそうだ、祖母の実家は奈良県の資産家だった!当主が不治の病になり田畑や山林を手放したと聞いた。

母は病弱だった私に様々な知識を教えてくれた、料理の見識も広く私の理解者でした!フランス料理にアイルランド風シチューがある。恩師に指導されたが、子供の頃に食べたような気がする!母は鶏肉で仕込んだと記憶していました。

アイルランド風シチューは子羊肉をボイルして!裏漉したジャガイモで煮込んだ料理です、母はジャガイモを摩り下ろして煮込んでいたと思う。恩師に子供時代に似た料理を食べたと語ると驚いていました!母は祖母から習ったのかなー。。

和食と洋食の料理人は違う!その区別さえ知らない父や兄弟達である!当時山奥の村ではエビフライやハンバーグを食べた人は無かった。和歌山県の新鮮な魚介類は刺身が旨い!鰹等を刺身にしてくれと父が言う!板前とコックは違いますとは言えませんよ。。

私の恩師いわく料理人はすべての料理に見識が必要だ!和食、中華料理,一般洋食も勉強しろ!その上でフランス料理を学ぶべきである。恩師の教えを守り必死に修行を積んだ!そのお陰もあり故郷で恥をかかずに済みました。。笑。

コックの修行は厳しいだろうと母が聞いた、恩師や先輩達も優しいから平気だよ、でも俺は左効きで不器用だから覚えが悪いと笑いました。山奥育ちの山猿は何も知らず料理人の世界に入った!当時料理人の世界において左効きは無理だと言われた!包丁他すべてにおいて右効き用だった。

名古屋駅に戻ると上着のポケットに1万円札があった、母さん有難う!俺必ず一人前になるよ!涙が止まりませんでしたよ。。お金が無いので名古屋駅から神宮駅まで電車に乗り、港区昭和町の寮まで2時間歩くつもりでした。

時代は移り甘やかされた若者達は少し怒鳴れば逃げる、ビンタなどやれば大変である!パワハラを恐れ皆優しい振りをする。本当に優しい鬼達が消えた、(可愛い子には旅をさせろ)の祖父母達も消えた!浪速節的な上司も消えた!皆憎まれたくはないのだろう。。寂しい時代である。。

早生まれで病弱だった幼年期、10歳過ぎから鬼の如く元気になり!ターザンに憧れ一人で険しい大自然を駆け回った、母はそんな我が子を叱りもせず優しく見守ってくれた。私は母の料理が大好きでした、3~4月は山菜の時期で母と共に蕨取りやゴンパチ(板取り)ゼンマイ取りに忙しかった。

病弱だった幼年期は母に鍛えられました、小児喘息で苦しかったが必死に母の背中を追った、籠一杯の山菜を背負った母の足取りは速かった。夕食が済むと母は山菜の下拵で私も手伝った、ゴンパチは熱湯に入れてすぐに取り出し皮を剥く、流水に一晩さらし味噌和えや炒め煮にする。

ゴンパチは沢山取れるので母は塩漬けにして保存食にした、流水で塩分を抜き味噌和え、炒め煮にするが私は大好きだった。ゼンマイや蕨の下拵えは難しく見ているだけでした、料理は炒め煮が多く美味しかった。山ふきの炊き込みご飯も絶品!熱湯に入れてすぐに取り出し、皮やスジを取り一晩流水にさらし炒め煮や炊き込みご飯にする。

タラの新芽は味噌和えにしたり天婦羅にした、私はそんなに好物では無いが町の人達には人気があった。母の料理を見るのが好きでした、そんな私が料理人になり今日があるのは!料理の得意だった母の影響かも知れませんね。

今思えば中学を卒業するまでインスタントラーメンや既製品を食べた記憶が無い、野菜類もすべて母が畑で作る。丈夫に育てるために毎朝大きな煮干しの入った味噌汁、山芋入りの味噌汁で何杯もご飯を食べた!煮干しを残すと叱られる。笑。

当時鯨肉は豊富にありカレーライスには鯨肉が入っていた、夕食はカレーライスだよと母に言われ嬉しかったですね、私にとって母のカレーは最高でした。修行したモンターニューのカレーライスは、昭和の食通達に大人気だったらしい!恩師や先輩達が他界して料理の後継者は私だけ!でも俺は母さんの鯨肉入りカレーライスが食べたいよ。

和歌山県のサンマは脂肪が少なく干物が美味しい、身を食べてから骨や頭を再度炭火で焼き!残さず食べるように言われた。貧乏で日々苦労している母に我儘は言えない、お陰様で丈夫な体に育ちました。

母の作った秋刀魚寿司も好きでした、正月休みに帰ると毎日食べていました、美味しいですよと褒めると!コックさんに褒められると嬉しいと照れていました。

母が他界してから秋刀魚寿司は食べていない!何時までも秋刀魚寿司の味を忘れたくないから!優しかった母を忘れたくないから!でも妻の山菜料理も母の味に似て美味しいから大好きですよ。。

高い木から落ちても骨が折れた事は無い、現在の子供達は鉄棒から落ちた程度で骨が折れるらしい!大切に育てて頂いた馬鹿息子は思慮浅く!無鉄砲で随分命を粗末に致しました、ごめんなさいね。。俺はどこか母さんに似た妻と楽しく仕事をしています。。笑  忙しさにかまけて墓参りに行けず済みません!近日伺いますよ。。

 花が香は 病母に 一番効く薬   愚かなる息子の句です。

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