料理人になったターザン、 妻の仕事 父の背中

先日は土曜日に予約が重なった、私達はお客様に感謝、喜んでいただきたいと必死に頑張りました。
ランチに15名、ディナーで13名、鮑、伊勢海老、ステーキなど、すべて特選グランドコースでした。
ランチタイムが終わりすぐにディナーの仕込み、足腰は快調だ疲れを感じない、順調に仕事ができました。
妻も大変疲れただろう、私より俊敏で頼りになる戦友です、学生時代はハードルの選手だったらしい。。
妻は私の何十倍も動く、コース料理の提供は品数も多く気配りが大切、熟練が必要なプロの仕事です。
お客様の召し上がるタイミングを心得て、お料理をお出しするのが私の大切な役目ですと妻は語ります。
足も疲れると思う、妻が休みの日一人で仕事をした、お客様は5人でしたが緊張して足が棒のように疲れました。
お客様の評価は料理の味でありますが、妻の仕事を評価していただけるお客様もあり私は嬉しく思います。
不器用な昭和の男は素直に有難うと言えません、寡黙は男のロマン、時代遅れの料理人でございます。。笑

中学卒業後、観光会社に就職したが辞め、父と山仕事を3年ほどやりましたが貴重な財産になりました。
朝早くから、弁当や飲料水を背負い急な山道を登り伐採場まで2時間、最初はそれだけで疲れ辛かった。
父は重い荷物を担ぎ黙々と山道を登る、威圧感ある巨大な背中を歯を食いしばり追いかける日々でした。
酒、タバコで鈍らな身体になっていたのだ、日暮れまでの肉体労働は筋肉より骨が痛み寝れない夜があった。
夏は暑いので裸になった、父に服を脱ぐなと叱られたが我慢できずに。。熱中症になり死にかけたこともあります。
やがて山仕事に慣れて楽しくなった、木々の香り、父との会話、干物と梅干しの大盛り弁当がたまらなく旨かった。
父も楽しそうだった、このまま山仕事をやり故郷で暮らそうと決心したが、輸入木材が増え需要が少なくなった。
山仕事が減少し名古屋に働きに出た、皿洗いからのコック修行は厳しかったが山仕事に比べ疲れは感じない。
名古屋に出る前夜に酒を酌み交わし父が言った、お前ならどんな仕事も頑張れるだろう。。母は寂しそうでした。
部下を持つ立場になった、仕事を教えるのは難しい、教える辛抱が初めてわかりました、猛虎のような父の優しさも。。。
熊野の山々を眺めると亡き両親と山仕事を想い出します、現在も健康で働けることを感謝して。。

ご予約・お問い合わせ

ご予約はお電話から承っております。

TEL 0562-33-6030

その他、ご質問などはお問い合わせフォームからでも
受け付けておりますので、お気軽にお問い合わせください。