GranChef

愛知県東海市の黒毛和牛ステーキと新鮮シーフード料理の専門レストラン|グランシェフ

お店紹介
 
ランチメニュー
 
ディナーメニュー
 
HOME 伊勢海老、 鮑&黒毛和牛ステーキ鉄板焼きグランシェフ»  ランチメニュー»  オーナーシェフのブログ»  母の日に想う、濁流に流された大切な長靴、大猪、大好きだったさんま寿司

母の日に想う、濁流に流された大切な長靴、大猪、大好きだったさんま寿司

母の日に想う、濁流に流された大切な長靴、大猪、大好きだったさんま寿司

私は早産の為、生まれつき病弱だったが両親や祖父母のお蔭で元気に育ち、病気知らずの頑丈な身体になりました。
64歳で世を去った母は優しく強い母でした、母の日は辛い日でありますが母の想い出は昨日のように甦ります。
7歳の頃、母と松茸取りに行った帰り大きな猪が出てきた、怖くて泣き出したら母は泣いたら負けよ目を睨みなさいと言った。
母は鎌を構え大猪を睨みつけた、やがて大猪は去ったが、怖くて震えている私を抱きしめ強くなれ洋次、泣いたら負けよと励ました。
父の仕事で転校が多く苛められる事が多かった、相手は多い傷だらけの私を見て母は泣かなかったかと聞いた、私はうんと答えた。
洋次泣いたら負けよ、泣けばまた苛められるだけ、強くなりなさいと抱きしめてくれた、相手のボスと勝負して勝ったら母は微笑んだ。
母は猪の子に猪子と名をつけて育てていた、猪子は母に甘えまるで愛犬のようだ、大きくなっても変わらず母に甘えていました。
猪は可愛い動物だと思った、母が死んでから猪子は餌を食べずに泣いていたそうだ、動物は敏感である辛かったのだろう。

11歳の誕生日に母が、洋次欲しい物を言ってごらんと言った、長靴が欲しかったが何も欲しくないよと答えました。
誕生日に母がニコニコしてピカピカの長靴をプレゼントしてくれました、母は知っていた、私は嬉しくて涙が出た、母は微笑んでいました。
晴れの日も長靴を履いて学校に行く、皆から長靴男と笑われたが私は平気だった、長靴は大好きであり大切な宝物でありました。
台風が来て赤木川が濁流になった、濁流になればウナギが釣れる、一人では危険なので母とウナギ釣りに行きました。
釣り糸が岩にかかり取ろうと川に入ると転んで長靴が脱げ流された、濁流に入り追いかけようとしたら母に引き戻されました。
長靴が流されたと泣き顔の私に母が言った、長靴は又買えるけれどお前の命は一つしか無いのよと泣いていました。

私は母のさんま寿司が大好きでした、正月休みに帰る時は夜行列車、新宮駅からバスに乗り1時間で家に着く。
母は朝早くから炬燵を温め、さんま寿司を用意して迎えてくれます、お帰りニコニコして家から飛び出して来ました。
最高に美味しかったですよ、3日程の休みですが毎日さんま寿司を食べていました、美味しいかいと母が嬉しそうに聞くのです。
世界一だよと答えると、コックさんに褒められると嬉しいと照れていました、帰りの汽車で食べる弁当もさんま寿司です。
母が死んで以来、さんま寿司は食べないと誓いました、母さんのさんま寿司の味を忘れないに。。。。いつまでも忘れないように。。
母の棺に自作の俳句を添えました(母待てる ふるさと遠き 炬燵かな) 涙は止まりませんでした。。。

想いでは尽きません、私事にかまけ墓参りに行けずごめんなさい、遺影に大好きだったお菓子をお供えします。
母の享年より長く生きました、あの世で逢えば年寄になったねーと笑われるかも。。母さんは若いねーと私も笑うでしょうね。。

母の日に想う。。。。。滝尻洋次         母待てる  故郷遠き  炬燵かな





 

2019-05-08 00:00:20

  |  コメント(0)

 

コメント

お名前
URL
コメント