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愛知県東海市の黒毛和牛ステーキと新鮮シーフード料理の専門レストラン|グランシェフ

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嬉しい言葉に感激しました、  タルタルソース

土曜日のディナーのお客は特選グランドコース6名、鮑、伊勢海老、特選黒毛和牛のコースで豪華なコースです。
鮑、伊勢海老等の新鮮魚貝類は調理が難しい、食材の厳選はもちろん、焼き加減には熟練の感性が必要です。
ステーキにおいて、調理技術の微妙な味の差は判りにくい、焼肉屋の場合はお客様が焼く、食材の厳選がすべてを決定すると思う。。
伊勢海老料理のソースはタルタルソースです、ソースの説明をすると若夫婦の奥様が夫はマヨネーーズが嫌いですと言った。
私が解りましたと答えると、夫が本格的なタルタルソースを食べたことが無いから食べて見ますと微笑んだ。
その言葉だけで感動しました、夫はタルタルソースをかけて伊勢海老を食べ美味しいと喜んでいました。
私はすべて手造りですと説明しました、店により色々ですが既製品が多いのも事実です、喜んで頂き最高に嬉しいですと。。。



 



 

2019-05-20 00:25:09

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母の日に想う、濁流に流された大切な長靴、大猪、大好きだったさんま寿司

私は早産の為、生まれつき病弱だったが両親や祖父母のお蔭で元気に育ち、病気知らずの頑丈な身体になりました。
64歳で世を去った母は優しく強い母でした、母の日は辛い日でありますが母の想い出は昨日のように甦ります。
7歳の頃、母と松茸取りに行った帰り大きな猪が出てきた、怖くて泣き出したら母は泣いたら負けよ目を睨みなさいと言った。
母は鎌を構え大猪を睨みつけた、やがて大猪は去ったが、怖くて震えている私を抱きしめ強くなれ洋次、泣いたら負けよと励ました。
父の仕事で転校が多く苛められる事が多かった、相手は多い傷だらけの私を見て母は泣かなかったかと聞いた、私はうんと答えた。
洋次泣いたら負けよ、泣けばまた苛められるだけ、強くなりなさいと抱きしめてくれた、相手のボスと勝負して勝ったら母は微笑んだ。
母は猪の子に猪子と名をつけて育てていた、猪子は母に甘えまるで愛犬のようだ、大きくなっても変わらず母に甘えていました。
猪は可愛い動物だと思った、母が死んでから猪子は餌を食べずに泣いていたそうだ、動物は敏感である辛かったのだろう。

11歳の誕生日に母が、洋次欲しい物を言ってごらんと言った、長靴が欲しかったが何も欲しくないよと答えました。
誕生日に母がニコニコしてピカピカの長靴をプレゼントしてくれました、母は知っていた、私は嬉しくて涙が出た、母は微笑んでいました。
晴れの日も長靴を履いて学校に行く、皆から長靴男と笑われたが私は平気だった、長靴は大好きであり大切な宝物でありました。
台風が来て赤木川が濁流になった、濁流になればウナギが釣れる、一人では危険なので母とウナギ釣りに行きました。
釣り糸が岩にかかり取ろうと川に入ると転んで長靴が脱げ流された、濁流に入り追いかけようとしたら母に引き戻されました。
長靴が流されたと泣き顔の私に母が言った、長靴は又買えるけれどお前の命は一つしか無いのよと泣いていました。

私は母のさんま寿司が大好きでした、正月休みに帰る時は夜行列車、新宮駅からバスに乗り1時間で家に着く。
母は朝早くから炬燵を温め、さんま寿司を用意して迎えてくれます、お帰りニコニコして家から飛び出して来ました。
最高に美味しかったですよ、3日程の休みですが毎日さんま寿司を食べていました、美味しいかいと母が嬉しそうに聞くのです。
世界一だよと答えると、コックさんに褒められると嬉しいと照れていました、帰りの汽車で食べる弁当もさんま寿司です。
母が死んで以来、さんま寿司は食べないと誓いました、母さんのさんま寿司の味を忘れないに。。。。いつまでも忘れないように。。
母の棺に自作の俳句を添えました(母待てる ふるさと遠き 炬燵かな) 涙は止まりませんでした。。。

想いでは尽きません、私事にかまけ墓参りに行けずごめんなさい、遺影に大好きだったお菓子をお供えします。
母の享年より長く生きました、あの世で逢えば年寄になったねーと笑われるかも。。母さんは若いねーと私も笑うでしょうね。。

母の日に想う。。。。。滝尻洋次





 

2019-05-08 00:00:20

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熊野物語、若い頃の怖かった体験を紹介します。

若い頃、故郷熊野川町谷口村に帰り、19歳まで遊んだ秘密の谷川奥の漁場に山女魚取りに一人で行きました。
谷川の奥は密林の中を流れ、蝮、猿、スズメ蜂、等の棲みかであり熊野谷口村には狼や大蛇伝説がある。
長老が宝物の大蛇らしい抜け殻を見せてくれた、猟師の父親は犬では無い足跡の匂いに猟犬が怯えたと言った。
山奥で食い殺された猟犬の死骸が発見された、牙跡があり狼ではないかと噂があり実在するだろうと父は語った。
大蛇は見た事がある、帰り道で谷川沿いの小道に横たわる茶色の太い木がありました、変だなあーと思いました。
行く時は無かった、踏むと動きだした、それは大きな大蛇だった、私を睨み草木の上を滑るように密林に消えた。
足が震える程に怖かった、蛇に睨まれた蛙の意味が解りました、暫く大蛇の夢を見た、動物園で見るとは大違いです。
中学時代に兄と洞穴探検に行き、先に入った兄が飛び出して来て大蛇がいると震えていたのを思い出した。
父親も見た事があるらしい、村に祀られた地主様の岩屋の近くだと言った、村には地主信仰がありました。
地主様は山の神様で村の守り神だと聞いた、私は後に大蛇ではないかと思ったが。。岩屋には酒が供えていました。
父は趣味の俳句や村の伝説、地名の由来を、書き残していた、父の死後に捜したが発見できず残念に思います。
谷川の奥は釣り人が近寄らない為、山女魚の宝庫であり私だけの漁場だ、山の掟を守れば彼らは襲ってはこない。
私は握り飯をたくさん用意して出かけ友達の猿達と食べ、取った魚も与え都会の喧騒から逃れ憩いのひと時を過ごす。
滝壺淵で潜りながら、岩場の山女魚を取っていたら目の前に大きな猪が飛び込んできた、生れて初めての経験である。
父と兄は猟師だが私は猟の経験が無い、動物達は匂いを消す為に水中に入ると父から聞いたことがあるので気にしなかった。
猪は人を見ると普通は逃げる、用心深く夜行性だ、長年熊野で暮らしたが、野生の猪は数回しか見た事が無かった。
子連れの雌や人間に恨みがあれば稀に襲う場合があるそうだ、母は子猪を育て愛犬のように可愛がり猪も母に甘えていた。
母が急死してからは、餌を食べずに啼いてばかりいたそうです、猪は凶暴ではありませんよ、誰でも身を守る時は必死ですから。。
今日は機嫌が悪いのだろうか私を睨み挑戦的である、俺は敵ではないぞ、お前の友達だよ戦う気も有りませんと言ったが。。?
大猪の恐怖は猟師の父から聞いた、怒りに燃えた牙に裂かれると即死もあるそうだ、噛みも凄く腕など簡単に噛み砕くらしい。
大怪我を負った父の銃に歯形があった、勇敢な猟犬が腹を牙で裂かれ即死、松脂で固めた剛毛で弾丸が急所を外したらしい。
シュノーケルを装備していたので、水中に引き込み溺死させようと思ったが、重すぎて無理、牙に裂かれると死ぬかもしれない。
簡単に跳ね飛ばされた、、物凄い力だ、岸に逃げると大猪も上がり私を睨みつけてきた、殺されるかも知れないと思いました。
大猪がニヤリと笑ったような気がした、小僧10年早いぜ、背中を向けて密林に消えた、私は夢から覚めたように茫然となった。
大猪の事は黙っていよう、幸い大した怪我も無い、父に話すと戦友は殺されるだろう、何故か猟師達に殺されたくは無かった。。。
趣味で動物を殺す猟師は嫌いである、しかし私も趣味で魚を捕る。。矛盾ではあるが私の仕事は飲食業であります。。。。

現在の私は愛犬のマルチーズが友達、機会があればもう一度谷川奥に行き、大猪の孫達と逢いたいなーと思っています。。笑。。









 

2019-04-29 11:15:19

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熊野物語、ツチノコ伝説。亡き母に聞いた話。

お客様達と槌の子は実在するだろうかの話題になり、実在すると思うと答え、私の体験談を紹介しました。
小学生の頃に母から野槌(ツチノコ)の話を聞きました、その奇妙な動物は稲藁小屋に寝ていたそうです。
蝮に似た蛇のようだが胴体が異様に太く鼾をかいて寝ている、祖母に知らせたら野槌だと教えてくれた。
母の故郷は本宮町三越村(旧名)で、昔から野槌前説は有名で見た人も多いと語っていました。
小学生の私は興味も無く、変な蛇がいるのだなーと思っただけで忘れていました。
10代の頃槌の子という停留所を知った、熊野新宮駅からバスで20分位熊野川沿いにありました。
母から野槌はツチノコとも言うと聞いた事もあり、母の話を想い出し槌の子村を訪ねてみようと思いました。
停留所から山道を登れば部落があった、私は勝手にツチノコが棲んでいたからこの地名があると確信した。
山道沿いに小川が流れていた、淵には山女魚が多かったが(ツチノコ)は発見できませんでした。
名古屋に出てコック修行を始めたころに、フランス料理の恩師から(ツチノコ伝説)を知っているかと問われました。
恩師は紀州犬や、狼伝説、ツチノコ伝説に興味があり、ターザンのような私に熊野伝説を教えてくれと言った。
30代の頃に(ツチノコブーム)が始まった、発見したら多額の賞金が貰えるらしい、手配書を見ました。
バチ蛇と書かれた絵は母に聞いた野槌と同じでした、蛙等を飲み込んだ蝮ではないかと言う説が大半でしたが。。。
やがてブームも終わりましたが、私は野槌は存在すると信じています、恥ずかしいから隠れているのでしょう。。笑
蝮とは違うと思う、母や祖母は小さいが蜥蜴に似たような足があった、ビール瓶位の太さだったと語っていました。
長年熊野で猟師をやっていた父は見た事が無いと言った、しかし狼も野槌も実在しているだろうと語っていました。
爬虫類を飼育しているお客様は外来の蜥蜴だろうと言った、写真を見たらそっくりでしたが疑問があります。
母の小学生時代は80年も前である、祖母が見たのは大昔である、外来の蜥蜴が輸入されたのは。。何時頃だろうか。。?
村には大蛇伝説がありました、私は本当に大蛇を見た、父も兄も見た事がある、紀伊山地には謎が多いと思う。
私が中学生の頃です、岩窟に入った兄が大蛇を見たと震えていた記憶があります、赤木川沿いの道路から入った山でした。
私が見たのは谷川奥で30歳頃、普通蛇は草木の下に潜るが、大蛇は草木をなぎ倒しながら滑るように動いていた。
狼伝説もある、山奥で猟犬が食い殺される事件もあり狼ではないか。。の噂があった、父は狼が実在していると語っていた。
狼の足跡は犬と違うそうだ、狼の足跡の匂いを嗅ぎ父の勇敢な猟犬達が怯えていたと父から聞いた記憶があります。
父は熊野の伝説や、地名の由来、猟師の経験等を丁寧に書き残していた、生前拝見したが貴重な書物だなーと思った。
紀伊山地は奥深く日本の秘境である、温暖で餌になる小動物も多く大蛇が棲み、狼も存在しているのだろうと思います。











 

2019-04-22 22:46:34

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温かいお客様達の笑顔、支えて頂いた優しいお客様達。。

先日の火曜日に突然嬉しい予約が入りました、海運会社のk様で、35年を超えお世話になっています。
ご来店時に久しぶりでごめんね、優しい言葉に妻と感激いたしました、温かいお客様達で楽しいひと時でした。
先代の社長は優しくて強そうな人でしたね、日本拳法の達人と聞きその拳の大きさが今でも目に浮かびますよ。。。
年齢を重ねると想い出話が懐かしく楽しい、海運会社の人達は皆温かくお逢いするのが嬉しいです。



 

2019-04-19 23:49:26

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スパルタの山仕事、優しかった鬼に感謝です。

先日断れない予約が重なり、65歳を過ぎた体力が持つか不安でした、妻と二人だけの仕事でした。
ランチに15名、ディナーで13名ですがすべて高価なコースの為、仕事量が多く朝早くから休憩無しでした。
お客様の前で調理する仕事は大変です、あわび、伊勢海老、ステーキ、等すべて温かい料理の提供ですから。
ランチタイムが終わりすぐディナーの準備、足腰の疲れもなく順調に仕事が出来て安心しました。
仕事が終わったのは22時過ぎ、少し疲れたが頑張れました、妻も大変疲れただろうと思いました。

中学を卒業後、観光会社に勤めたが辞めて両親と山仕事を2年ほどやりましたが私の財産になりました。
朝早くから起きて、30キロほどの荷物を背負い険しい山道を登り仕事場に通う、最初はそれだけで辛かった。
父にはもちろん、母の足にもついて行けない、両親はこんなに大変な仕事をして子供達を育ててくれたのだ。
酒とタバコでなまくらな身体になっていたのだろう、日暮れまでの肉体労働は筋肉より骨が痛み寝れない夜があった。
山仕事に慣れて楽しくなった、木々の香り、青い空、両親との会話、干物と梅干しの大盛り弁当がたまらなく旨い。
父は無口で黙々と働く、叱られた事も無いが大きな背中と物凄い体力に安心感、憧れと威圧感を感じた。
仕事が終わると父は優しかった、俳句が趣味で気に入った句が出来ると喜んでいた、それと猪猟の名人でもありました。
やがて山仕事は無くなった、安価な外国の木材が輸入され地元の林業会社が辞めて旅館業を始めたらしい。
名古屋に出るとき父は言った、お前ならどんなに厳しい仕事でも耐えられるだろうと微笑みながら。。。
険しい山々を見ると亡き両親を想い出します、優しい鬼に育てられ現在まで健康で働ける事を感謝して。。

 

2018-12-10 21:46:43

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毎年、ベンチプレス大会に出場する友、頑張る気力にエールを贈ります。

友はパワーリフター、30年来の付き合いで65歳を過ぎたが大会出場の為、黙々とトレーニングに励んでいる。
私は飲食業の為、健康維持が目的、土、日が休めない為、大会には無縁で20歳よりノラクラと継続していいます。
去年肩を傷め、今年7月よりトレーニングを開始、筋力も少しずつ回復しているようだが無理は禁物、トレーニングは軽めです。
友は店の3階にある私のトレーニングルームに来ます、私も逢うのが楽しみ、毎回同じような話をしているが。。笑。
友も肩を傷めて100キロのベンチプレスが重く感じるそうです、年齢には勝てないなあーとお互い慰めあう。。。
100キロが重く感じる日が来るとは。。私も100キロなんか最近までは20回以上挙げたのに肩慣らし程度だったと嘆く。
大会に出場するだけでいいのさ苦笑しながら、黙々とトレーニングを継続する友を見て私も頑張ろうとやる気になります。
私は友に65歳を過ぎてトレーニングを継続しているだけでも立派、大会に出場するのは素晴らしいことですと励ました。
落ちた筋力を嘆きながらも大会を楽しみに頑張っている、大会で知り合いに逢うのが嬉しいそうだ、今年も来たよと。。
仲間には70歳を超え大会に出場する人や、69歳で世界大会で優勝した人もいる、俺も頑張ると微笑んでいた。
11月にベンチプレス大会に出るそうだ、力の強い補助が両脇につくから限界まで安全だ、頑張れ友よ健闘を祈っているよ。。.








 

2018-11-02 09:20:00

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コック修行時代、修先輩のプリン、潤先輩のオムレツ

コック見習いになり半年経った、定休日は恩師の料理本を借り睦クラブ(外人接待用のレストラン)で料理の勉強です。
熊野の大自然が好きで父と山仕事をしたが、やがて山仕事が無くなり名古屋に出て19歳でコック見習いになった。
野菜の皮むき、切り方、料理用語、何も考えずにコック見習いになつたが不器用で上達が遅く皿洗いと鍋洗いの日々。
先輩達は4人で20歳~22歳位、皆15歳からの経験豊富で仕事が出来ます、厳しい料理の世界では神様のような存在でした。
修先輩は21歳で優しい先輩だった、賭け事が好きで少し鶴田浩二似だ、休みは外出が多いが、その日の定休日は睦クラブにいた。
調理場で昼飯を食べてから、洋次君プリンは好きかと聞かれたので、本物のプリンは 食べたことがありませんと答えました。
すぐにプリンを作ってくれた、焼きたてのプリンは美味しかった、夢中で食べる私に、冷やしたら美味しいよと微笑みました。
それから休みの度に、プリンを作ってくれた、手帳に分量やオーブンの温度、焼き方や、焼く時間を忘れないようにメモした。
それを見て修先輩は、もうプリン作りに飽きた、食べたい時は自分で作れと笑った、有難うございました無言で頭を下げました。
恩師や先輩達は、賄い料理で洋次君の味覚を判断する、賄い料理は真剣勝負だよ、と修先輩に教えて頂きました。
修先輩は任侠映画が好き、義理人情の世界が好きだった、料理人も義理人情を大切にします、恩師は親、先輩は兄だと思いました。
修先輩が、東京のホテルで調理長になり、元気に活躍していると聞きました、きっと優しい笑顔で鶴田浩二に似た渋い声で。。。。笑
プリンは、コースのデザートで提供しています、優しかった修先輩の笑顔を想いながら、お客様の笑顔に感謝して頑張っています。。
睦クラブに紹介して頂いた伊佐治社長との約束は、休日には覚えた料理を食べさせて欲しいとのことでした。
洋次君、美味しいオムレツが食べたいが出来るかと問われた、まだ作れませんと答えましたが覚えようと思いました。
仕事が終わってから練習していると、亀井潤先輩が教えてくれました、それは形が綺麗で美味しそうなオムレツでした。
中身が半熟であり美味しい、卵だけでこんなに美味しくできるのかと思いました、潤先輩は微笑んで私に言いました。
今夜から5個ずつ練習だ、オムレツができたら1個は俺が食べる、4個は君が食べろ練習あるのみだ、何事もなせばなる。
私は不器用で覚えが悪い、しかし3ヵ月ほどしたら潤先輩のオムレツに似たようなオムレツができたような気がしました。
潤先輩は笑いながら、俺はオムレツ食べるのやめた、よく頑張ったなー。。洋次君飲みに行こうかと誘って頂きました。
休日に伊佐治社長の家でオムレツを食べて頂いた、大柄で柔道5段鬼のように怖そうな社長が微笑んで私を見ました。
潤先輩は、恩師である亀井料理長の弟で伝説の料理人である父親に厳しく仕込まれた名料理人だと修先輩に聞きました。
父親の急死後、ボーイになり料理のサービスを担当、外人の食事。パーテイを仕切り料理長と名コンビで頑張っていました。
不器用な私が今日まで料理人を継続できたのも、優しい恩師や先輩達に恵まれたお蔭と感謝しています。
 

2018-08-05 22:27:13

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新鮮なあわび、伊勢海老は鉄板焼きが旨い、オマールはボイルが美味しい。

あわび、伊勢海老鉄板焼き、オマールエビ等の新鮮魚貝料理が人気です、予約の大半が魚貝とステーキのコースです。
魚貝料理は新鮮な食材ほど火入れ加減が難しい、焼き加減、茹で加減が味を決定する、熟練が必要である。
バーベキュー等でも、肉類は割と簡単で美味しく焼けるが魚貝類は美味しく焼けないから苦手だと言う人が多い。
あわびは固い、肝は苦い、思い込みがあるが質の良いあわびの鉄板焼きはやわらかく本当に美味しい、肝も苦くは無いですよ。
あわびや伊勢海老は魚貝類では特に高価な食材です、新鮮なオマールエビも高級食材であり地方で使用する店は少ない。
オマールエビは冷凍品が多くアメリカ産が多い、匂いが嫌だ、パサパサするといった批判する人は冷凍品を食べたからかも。。
当店ではカナダ産オマールエビの、活きた食材を使用、予約時間の1時間前にボイルし少し冷やしてから調理します。
温かいオマールエビを切ると、美味しい肉汁が流れ味が落ちる、ボイル料理は新鮮な食材の厳選と熟練が必要と思う。
冷凍品はボイルすると美味しくなく判ります、焼く場合は意外に判別が難しい、冷凍品は焼いた方が美味しく食べられる。
料理人が3流の素材を2流にすることは簡単です、1流の素材の持つ味を引き出すことは出来ても超越は不可能だと思う。
国産伊勢海老の解禁までは、活きの輸入イセエビを代用しますが、近年は高価になり国産伊勢海老より高価な品も多い。
業者は中国の引き合いが強く、日本への輸出量が減少していると説明した、気候の変動や乱獲による漁獲量の減少も原因かも。。
オマールエビは入荷後、日本のきれいな海水に活かし手入れ作業している、手入れ作業を行い厳選していると説明されました。
あわびの美味しい季節です、雌は産卵期の前に栄養を蓄え美味しくなるが、産卵期を終えると身が痩せてしばらく美味しくない。
産卵期は生息する地方や種類により季節が違う、魚貝類の料理は簡単に見えるが美味しく調理するには意外に難しい素材です。
雄、雌の判別は、肝の色で白い方が雄、緑が雌だそうです、殻から取らないと見ただけで雄、雌の判別は難しいと思いますね。
オマールエビも雄、雌により味が違う、人の好みも色々、緑色の卵は見た目より美味しいが、初めて食べる人には説明が必要です。
雄は卵の部位がないので身が多いと思う、業者は雌を指定しない場合は雄を選別、雄雌の判別は判りやすいと思います。
誠実な食材業者の苦労の結果が味に出ている、品質の違いはプロの目利きと日々の努力の結果だと感謝しています。

2018-07-29 16:17:17

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脂肪が軽く美味しい鳳来牛、これから人気が出るでしょうね。

2年程前から鳳来牛のロースを使用していますが、黒毛和牛ステーキコースやランチに提供しています。
知多半島のステーキ店で、鳳来牛を提供しているのは当店だけだと思いますが知らない人も多いですね。
鳳来牛は愛知県新城市の生産農家で肥育され、4~5等級の良質の黒毛和牛、品評会で入賞、高い評価を受けている。
仔牛を産ませ肥育まですべて一貫経営で飼料も研究を重ね、脂肪が軽く風味のある美味しい黒毛和牛を生産しています。
ロースの苦手なお客様も、脂肪が軽く良質の鳳来牛ロースを食べて美味しいねの評価をされるのは嬉しい。








 

2018-05-24 23:12:34

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